世界的な潮流として、実際の未解決事件や凶悪犯罪を題材にしたトゥルークライム(実録犯罪)コンテンツがNetflixなどの動画配信プラットフォームで爆発的な人気を博している。視聴者に知的好奇心やスリルを提供するエンターテインメントとして消費される一方で、そこには常に倫理的な危うさがつきまとう。社会派ドキュメンタリーが事件の構造的背景や冤罪の可能性を追及する意義を持つ半面、興味本位のデジタルタブロイド化は遺族や関係者の傷口に塩を塗り込み続ける。
YouTubeをはじめとするソーシャルメディア上では、過去の報道映像の切り抜きや、根拠の薄い陰謀論がセンセーショナルに拡散される事例が後を絶たない。客観的事実と当事者の尊厳を重んじるべき報道・ジャーナリズムは、単なるPV稼ぎのゴシップとどう一線を画すのか。事件の衝撃度ばかりを煽り、長女をはじめとする家族を追い詰めていった過去の過熱報道に対するメディア側の真摯な反省と検証は、未だ十分になされているとは言えない。