渡瀬恒彦さんの結婚生活を語るうえで、避けて通れないのが前妻である大原麗子さんとの記憶である。1973年、当時の日本中が注目するビッグカップルとして結ばれた二人だったが、互いに役者としての自我と情熱が激しくぶつかり合い、わずか5年足らずでピリオドを打つこととなった。家庭に入ってほしいと願う夫と、女優としてのキャリアを妥協したくない妻。互いを深く愛しながらもすれ違わざるを得なかった別れは、若き日の渡瀬さんの心に深い影を落とした。
その傷を癒やし、男としての人生に新たな錨を下ろさせたのが、一般女性であったい保さんとの出会いだった。1980年代初頭に再婚を果たしたい保さんは、大原さんとは対照的に、芸能界の喧騒から完全に身を引いた場所で家庭を守る道を選んだ。渡瀬さんは生前、「家に帰れば仕事の顔を脱ぎ捨てられる場所がある」と周囲に漏らしていたという。自我を張り合う関係ではなく、己の弱さをも丸ごと預けられる安らぎを、彼はい保さんとの暮らしの中に見出していた。