日本の針路を決めた五箇条の御誓文!起草の舞台裏と真実の教訓

日本の針路を決めた五箇条の御誓文!起草の舞台裏と真実の教訓

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教科書では一枚岩のように語られがちな五箇条の御誓文だが、その成立プロセスは激しい政治的妥協と推敲の連続だった。起草の主導権は、越前藩出身の由利公正から土佐藩の福岡孝弟、そして長州藩の木戸孝允へとリレーされていく。

原案を作成した由利公正は、坂本龍馬の「船中八策」や横井小楠の開国論に強い影響を受けていた。由利が起草した『議事之体大意』の第一条は「庶民志を遂げ士民心を一にし」であり、民間の経済活動や活力の解放を最優先に据えていた。経済通ならではの視点である。

これに修正を加えたのが福岡孝弟だ。福岡は文頭に「列侯会議を興し」という文言を挿入した。つまり、広く民衆の議論を聞くのではなく、大名たちによる合議制を前面に押し出したのである。封建領主層の特権を守ろうとする保守的な配慮が働いた瞬間だった。

この狭められた枠組みを打ち破ったのが木戸孝允である。木戸は「列侯会議」の文字を削り取り、「広く会議を興し」へと書き換えた。対象を特定の大名に限定せず、有為な人材を広く登用する中央集権的な近代国家の理念を吹き込んだのだ。さらに木戸は「旧来の陋習を破り」という第四条を加筆した。鎖国と攘夷に囚われた頑迷な前例主義を根底から断ち切る決意が、この修正によって確定した。

吉田 誠
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吉田 誠

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