日本のポピュラーミュージック史において、背徳感を纏った女性像は常にエポックメイキングな役割を果たしてきた。哀愁と情念が交錯する昭和の歌謡曲黄金期、アンニュイな煙草の煙とともに歌われたファム・ファタールたちは、男性優位の社会に対する鮮烈な異議申し立てでもあった。その血脈は平成のJ-POPシーンへと受け継がれ、失恋を嘆く被害者から、自らの欲望に忠実な主客逆転のヒロインへと姿を変えていく。
さらに現在、ゼロ年代以降の邦楽ロックやオルタナティブ・シーンがその輪郭を研ぎ澄ませた。歪んだギターリフと性急なビートの上で吐き出される告白は、もはや道徳的な善悪の彼岸にある。リスナーが惹きつけられるのは、傷つける側と傷つけられる側の境界線が曖昧になった、身も蓋もない人間のリアルそのものだ。