アイヌ語において「ニシパ(nispa)」は、直訳すると「裕福な人」「紳士」「貴人」「村の有力者・首長」を意味します。『ゴールデンカムイ』の用語解説やアイヌ民族の口頭伝承(ユーカラ)においても、男性に対する最大級の敬意を込めた呼び名として記録されています。
ただし、ここで注意すべきはアイヌ社会における「富」の概念です。近代社会のように個人が財産を独占して蓄財する人間は、アイヌ文化では決して尊敬されません。狩猟や交易で得た富や食糧を周囲に惜しみなく分配し、コタン(村)の儀礼を主催して人々を飢えさせない人徳者こそが、真の「ニシパ」として敬愛を集めました。つまり、ニシパとは経済力だけでなく、高潔な人格と共同体への貢献度を認められた男性に与えられる称号だったのです。
また、アイヌ社会には中世ヨーロッパや近世日本のような固定的・血統的な階級制度は存在しませんでした。そのため、ニシパという呼称は生まれついての貴族階級を示すものではなく、本人の実力や人望によって獲得される社会的地位(ステータス)という側面を強く持っています。