大阪市東成区と東大阪市が隣接する工業地帯。かつて中小の町工場がひしめき合い、金属を削る機械音が昼夜問わず鳴り響いていたこのエリアこそが、高井田系ラーメンの生まれ故郷である。
昭和の高度経済成長期、過酷な肉体労働に汗を流す工員たちは、即効性のある塩分補給と腹持ちの良さを切実に求めていた。薄味の出汁文化が根付く大阪市中心部とは対照的に、この境界の街で発達したのが、濃口醤油を惜しみなく使った濃厚なスープと重量感あふれる太麺だ。単なる食事を超えて労働の糧として磨き上げられたこの味は、やがて関西を代表する屈指のご当地ラーメンとして確固たる地位を築いていく。