1970年代から80年代にかけて、テレビ放送業界は萩本欽一の独壇場となった。『欽ちゃんのどこまでやるの!』をはじめ、冠番組が軒並み驚異的な視聴率を叩き出し、週の合計視聴率が100%を超えるという前人未到の記録を樹立する。番組内でお茶の間の理想の家庭劇が繰り広げられる一方で、本物の妻である澄子さんの存在は徹底して神秘のベールに包まれていた。
当時の芸能界では家族ぐるみのテレビ出演がブームとなっていたが、彼女はその潮流に背を向けた。「テレビはお父さんの職場。家族が出しゃばる場所じゃない」。この徹底した一貫性は、日本テレビ放送網をはじめとする各局のプロデューサーたちからも深く敬服されていた。虚構と現実の境界線を守り抜く澄子さんのプロ意識が、番組のクオリティを間接的に担保していたと言っても過言ではない。