石川県出身の川田さんは、白百合女子大学を卒業後の2002年にTBSへアナウンサーとして入社しました。同期入社には小林麻耶さんらがおり、華やかな同期陣の中でも川田さんは報道番組から情報バラエティまで卓越したアナウンス技術と機転で頭角を現します。特にがっちりマンデー 川田亜子としての活躍は広く知られ、司会の加藤浩次さんや進藤晶子さんらとともに番組の礎を築き、視聴者から絶大な支持を集めました。
しかし、局アナとしての川田亜子 経歴が順風満帆に見える一方で、2007年3月にTBSを突如退社し、芸能事務所(ケイダッシュグループのパール)へ移籍してフリーランスへ転身します。このフリー転身 苦悩こそが、彼女の精神のバランスを大きく崩す引き金になったと関係者は指摘しています。
局アナ時代は番組制作スタッフやアナウンス部という強固な組織に守られていましたが、フリーランスとなったことで、視聴率へのプレッシャーや現場での全責任が個人の双肩に重くのしかかることになりました。テレビ朝日の情報番組『サタデースクランブル』のキャスターなどに抜擢されたものの、「局アナ時代のように自分を出せない」「求められる役割に応えられていないのではないか」という自己評価の低さに苛まれる日々が続いていたとされています。