1981年(昭和56年)8月22日午前、台北の松山空港から高雄へ向けて飛び立った遠東航空103号(ボーイング737-200型機)が、離陸からわずか十数分後にレーダーから姿を消しました。機体は巡航高度へ上昇中、突如として台湾苗栗県三義郷の上空約6,700メートルで空中分解を起こし、山林へと墜落。日本人乗客18名を含む乗員乗客110名全員が死亡するという未曾有の大惨事となりました。
この悲劇的なフライトに搭乗していたのが、随筆や新作の構想を練るために台湾を訪れていた作家の向田邦子です。彼女の台湾旅行の目的は、中国文化や茶器の収集、そして翌年に控えていたシルクロード取材旅行へのステップを兼ねたプライベートな取材旅行でした。友人たちと過ごす束の間の休息と新たな創作への意欲に満ちた旅路の途中で、悲劇は唐突に訪れました。