デヴィ夫人(本名:ラトナ・サリ・デヴィ・スカルノ)の富の源泉を語る際、多くの人が「インドネシア初代大統領スカルノ氏の莫大な遺産」を連想します。1959年に19歳でスカルノ大統領と出会い、スカルノ第3夫人としての経歴を歩み始めたドラマチックな半生はあまりにも有名です。しかし、「遺産で一生安泰」という見方は決定的な事実誤認を含んでいます。
1965年に起きたインドネシアの軍事クーデター(9・30事件)により、スカルノ大統領は実権を失い、事実上の軟禁状態に置かれました。その後、大統領が保有していた公的な国家資産や預金口座の多くはスハルト新政権によって凍結・国有化されたため、大統領が亡くなった1970年時点で、夫人たちに分配されるような遺産は事実上残されていませんでした。
デヴィ夫人自身もメディアの取材に対し、「スカルノ大統領からの遺産は一銭も受け取っていない」と明言しています。身の危険を感じて幼い娘を連れてパリへ亡命した際、彼女の手元にあったのは自身の身の回り品とわずかな蓄えだけでした。つまり、現在のセレブ生活の基盤は、遺産相続による不労所得ではなく、亡命後の過酷な環境から自らの力で切り拓いた資産形成の結果なのです。