なぜ稲荷神社に対して「怖い」「祟りがある」というイメージが根強く残っているのでしょうか。その根源は、主祭神と神使(眷属)の関係性にあります。
多くの稲荷神社で祀られている主祭神は、穀物・農業・産業を司る宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)という慈悲深い神様です。そして境内に鎮座する狐像は、神様そのものではなく、神の意志を地上に伝えるメッセンジャーである「神使(白狐・眷属)」にあたります。
稲荷信仰は平安時代から中世・近世へと続く中で、現世利益(商売繁盛・金運・出世)が非常に速く現れる神として爆発的な信仰を集めました。その反面、「願いを即座に叶えてくれるほど強力な霊験があるのだから、粗末に扱えば相応の報いがあるはずだ」という畏怖の念が人々の間で生まれ、それが「狐の祟り」や「憑き物(狐憑き)」の民間伝承へと変化していったのです。
神道において、正当な神職が奉仕する神社が理不尽に参拝者を祟ることはありません。祟りという言葉の正体は、人間の礼節の欠如に対する「戒め」が民俗学的に強調されたものと言えます。