長らく外部のメディアに対して固く門戸を閉ざしてきた飛田の内情に、肉声のリアリティをもたらした金字塔が、ノンフィクション・社会ルポルタージュの傑作として知られる井上理津子の著書『さいごの色街 飛田』である。著者は外部の人間でありながら、長期間にわたる地道な取材によって組合関係者や店舗経営者、そして何よりも現場で働く女性たちの生身の言葉をすくい上げた。
そこにあぶり出されたのは、好奇の視線で消費されるステレオタイプな悲惨さや快楽主義ではない。家族を養うため、あるいは自己の生活を再建するためにこの地を選んだ女性たちの切実な労働観と、彼女たちを支える清掃員、提灯屋、お茶引きの面倒を見る「おばちゃん」たちによる濃密な相互扶助のコミュニティであった。井上のルポルタージュは、法と倫理の狭間に落ち窪んだ場所で必死に生きる人々の人間的尊厳を描き出し、表層的な倫理観でこの街を断罪しようとする世論に重い問いを投げかけた。