あのノスタルジックでどこか妖しい商店街や屋台の景観は、一体どこから生まれたのだろうか。長年ファンの間では台湾の有名観光地である九份がロケ地ではないかと噂されてきた。しかし、スタジオジブリ公式の見解や宮崎駿監督の発言を辿ると、意外な真実が浮かび上がってくる。
実際に主要な構想の源泉となったのは、東京都小金井市にある江戸東京たてもの園だ。宮崎駿監督は制作当時、この園内に立ち並ぶ昭和初期の居酒屋や下町の建築群を幾度となく訪れ、スケッチを重ねていた。九份の幻想的な赤提灯の街並みが映画の雰囲気に酷似していることから「モデル地」として世界中で定着したものの、ジブリ側は公式にこれを直接のモデルとは明言していない。だが、アジアの混沌とした熱気と日本のレトロな木造建築が見事に融合したあの屋台街は、複数の実在の風景が監督の脳内で再構築された結晶なのだ。