1942年、愛知県名古屋市に生まれた加納典明は、幼少期から絵画や造形への強い関心を抱いていました。上京後に東京総合写真専門学校へ進むものの、型にはまった教育に飽き足らず中退。その後、広告写真の第一人者であった杵島隆らのスタジオで過酷な下積みを経験します。この徒弟時代に培われた徹底的な暗室技術とライティングの基礎が、後の破天荒な表現を支える強固な土台となりました。
1960年代後半にフリーランスとして独立すると、カウンターカルチャーの熱気に満ちた『平凡パンチ』や『週刊プレイボーイ』で頭角を現します。当時主流だった上品で整ったコマーシャルフォトに対し、加納が叩きつけたのは路上と生身の人間の体臭が漂う写真でした。荒木経惟や篠山紀信といった同世代の才能がひしめく中で、加納典明の存在感は瞬く間に時代の最前線へと躍り出ることになります。