名門一家に生まれながら、三浦貴大が最初から俳優を目指していたわけではありませんでした。高校卒業後は順天堂大学スポーツ健康科学部へ進学。学生時代はライフセービング部に所属し、全日本学生選手権で上位に入賞するなど、過酷なトレーニングで強靭な肉体と精神力を鍛え上げました。
大学卒業が近づくにつれ、将来の進路として精神保健福祉士を目指す選択肢も考えていた貴大。しかし、心の中で燻っていた「表現の世界への興味」を父・友和さんに打ち明けたことで運命が動き出します。友和さんは反対することなく、「やるなら自分の力で道を切り拓け」と背中を押しました。
2010年、映画『RAILWAYS 49歳で電車の運転士になった男の物語』のオーディションを受け、見事に役を勝ち取って本格デビューを果たします。この作品で第34回日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞。親の名前を伏せて挑んだオーディション現場で自ら掴み取った栄誉でした。
以降、インディーズから大作映画、深夜ドラマから大河ドラマまで、役の大小を問わず泥臭い現場に身を投じ続けました。「二世俳優」というレッテルを貼られる時期もありましたが、徹底したリアリズムと鋭い洞察力に裏打ちされた演技によって、映画賞の常連となる実力派バイプレイヤーとしての地位を確立したのです。