土用餅の歴史は、宮中や武家社会で行われていた古代の風習にまで遡ります。江戸時代中期の記録によれば、京都や大坂などの上方を中心に、夏の土用の入り(立秋前の約18日間)に「ガガイモ」の葉を煎じた汁で餅米の粉を練り、丸めて味噌汁に入れて食べる習わしがありました。
やがて江戸時代後期になると、甘い餡で餅を包んだ形へと変化し、一般庶民の間へと一気に広まりました。ここで鍵となるのが「小豆の赤色」と「餅の力」です。東洋の陰陽五行思想において、赤色は太陽や火を象徴し、古来より魔を祓い災厄を遠ざける神聖な力を持つと信じられてきました。一方の餅は「力餅」と呼ばれ、体に力をつける生命力の象徴です。
厳しい暑さで体調を崩しやすく、疫病が流行しやすかった夏場に、「小豆の魔除け」と「餅のスタミナ」を合体させた土用餅を食べることは、まさに命を守るための切実な祈りそのものでした。