現地を実際に歩くと、三菱重工大阪ビル 解体工事が街に与えた視覚的・心理的インパクトの大きさを肌で感じ取ることができます。Osaka Metro四つ橋線「肥後橋駅」の出口を出てすぐ、かつて空を遮るように建っていた黒褐色の重厚なビルが姿を消し、広大な空が広がっています。
長年、近隣の江戸堀1丁目で飲食店を営む店主は、街の移り変わりについて次のように語ります。
「昭和から平成にかけて、お昼時になると三菱重工のバッジをつけた社員さんたちで店内が満席になり、街の活気の源でした。ビルが売却され、解体用の防音パネルで囲まれたときは『一つの時代が終わった』と寂しさを感じた常連さんも多かったです。ただ、最近では跡地にどんな新しい建物ができるのか、街がどう新しくなるのかを楽しみに待つ雰囲気に変わっています」
また、周辺の法律事務所に勤務する40代の弁護士は、「肥後橋は淀屋橋と中之島に挟まれた独特の落ち着きがあるエリア。三菱重工大阪ビル 肥後橋の跡地が中途半端な駐車場などで放置されず、本格的な再開発に向かっていることは、地域全体の不動産価値や治安の面でも非常に心強い」と期待を寄せます。SNS上でも「肥後橋の角地がすっかり更地になって見通しが良すぎて不思議な感覚」「解体が終わっていよいよ新ビルの動きが出るか」といった現場観察の投稿が相次いでいます。