年忌法要に対する考え方は、所属する宗派によって根本から異なります。特に浄土真宗の年忌法要は、他宗派とは教義上の位置づけが完全に一線を画しています。浄土真宗では、阿弥陀如来の本願力によって「亡くなった人は即座に極楽浄土へ往生し仏になる(往生即身成仏)」と説くため、残された遺族が故人の極楽往生を祈る「追善供養」という概念が存在しません。法要は故人のためではなく、遺族が阿弥陀如来の慈悲に感謝し、自らの生を見つめ直す仏縁の場と定義されます。そのため、形式上は三十三回忌などを節目としつつも、寺院や門徒の間では柔軟な早期切り上げが比較的容認されやすい土壌があります。
対照的なのが禅宗の代表格である曹洞宗の法要ルールです。曹洞宗では、坐禅と日々の作務を通じて悟りを開く教義に基づき、故人もまた仏弟子の道を歩むと考えます。追善供養の功徳を故人に回向(めぐらす)儀礼を重んじるため、十三回忌や三十三回忌などの節目を厳密に執り行う慣行が色濃く残っています。寺院によっては三十三回忌、さらには五十回忌を厳格な弔い上げと位置づけて指導するケースも見られます。
冠婚葬祭業界の最新調査データによると、全国において五十回忌を行う割合は全体のわずか3.2%に留まります。かつては名家や旧家、地域の名士などが家系の繁栄を誇示する意味合いを兼ねて五十回忌を盛大に営む例がありましたが、現在の核家族中心の居住環境ではほぼ姿を消した儀礼と言えます。