渥美清は、「戒名はつけるな」「最期は家族だけで看取ること」「世間には荼毘に付したあと、知らせること」「騒ぎになったときは、長男の健太郎ひとりで対応すること」という遺言を残していました。
家族以外は知らなかった密葬
葬儀は渥美清の遺言によって、東京都の町屋斎場にて家族だけで「密葬」を行いました。
映画関係者にも話しておらず、火葬後に最初に連絡を受けたのは山田監督も言われています。
また、「自身のやせ細ってしまった体を世間には見せたくない」とも言っていたようで、最後まで寅さんのイメージを崩さないように配慮し続けていたことが分かります。
後に、「『男はつらいよ』シリーズを通して人情味豊かな演技で広く国民に喜びと潤いを与えた」という理由で国民栄誉賞が贈られています。
ファン4万人が訪れたお別れの会
1996年8月13日に松竹大船撮影所で「寅さんのお別れ会」が開かれ、ファン4万人が訪れました。
参列者の列は撮影所から1㎞先の大船駅まで作るほどで、朝から晩まで途絶えることがなかったと言われています。
訪れたファンは、見納めとして『男はつらいよ』の「くるまや」のセット等にも列を作り生前の渥美清を偲んでいたことから、寅さんや渥美清さんがどれだけファンに好かれていたか分かりますね。
お別れ会では山田洋次監督が弔辞を読み、監督は「渥美さんを寅さんという、のんきで、陽気な男を演じるという辛い仕事から解放させてあげなければいけない」と考えいたそうです。
それでも寅さんを演じ続けた渥美清さんに感謝を込めて、お別れ会を葬儀場ではなく撮影所で開いたことは監督やスタッフからの渥美清さんへの手向けでもあったのかもしれませんね。