「和を以て貴しとなす」の本当の意味とは?聖徳太子が放つ覚悟

「和を以て貴しとなす」の本当の意味とは?聖徳太子が放つ覚悟

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この理念が生まれた現場は、決して牧歌的な時代ではなかった。当時の朝廷は、蘇我氏と物部氏による熾烈な武力衝突を経て、豪族同士の利害が複雑に絡み合う政治的危機の只中にあった。推古天皇を補佐する摂政の座に就いた厩戸皇子は、血統や氏族の力関係だけで国家が分裂しかねない脆さを痛感していた。

飛鳥時代という劇的な変革期において、国家としての体裁を整え、対外的にも独立を保つためには、私利私欲を超えた普遍的な規範が不可欠だった。厩戸皇子が目指したのは、豪族たちの感情的な私闘を終わらせ、政策論争を法と秩序のテーブルに乗せることだ。「和」とは生ぬるい道徳訓などではなく、内戦の危機を回避し国家を存続させるための、極めて切迫した統治テクノロジーだったのである。

山本 拓海
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山本 拓海

デジタルガジェットとスマート家電の検証記事を多数執筆。失敗しないモノ選びを提案します。