大手映画会社のプロデューサーは、常に社内政治と向き合わなければならない。配給部門との調整、上層部への報告、他部署との連携。創作と経営の狭間で、繊細な舵取りが求められる。
小野は社内での立ち回りにも優れていた。上層部には数字で説得し、現場には情熱で訴える。この使い分けが、難しい企画を通す原動力となった。特に黒澤作品のような高予算プロジェクトでは、経営陣を納得させる論理が不可欠だった。
しかし小野は決してイエスマンではなかった。会社の方針に疑問を感じれば、はっきりと意見を述べた。1970年代、東宝が娯楽大作路線にシフトした際も、小野は作家性の強い作品の重要性を主張し続けた。全てが通ったわけではないが、その姿勢は多くの後輩プロデューサーに影響を与えた。