狂気と静寂。冷徹さとぬくもり。対極にある要素をひとつの身体に宿した男、米倉斉加年。彼は単なる「個性派俳優」という枠組みには到底収まりきらない人物だった。
終戦直後の混乱期に青春を過ごし、情熱の赴くままに演技の世界へと飛び込んだ。カメラの前に立てば、一瞬で場の空気を塗り替える圧倒的な存在感を発揮。その一方で、アトリエに籠もれば繊細なタッチで少女や花々を描き出した。役者としての表の顔と、絵筆を握る密やかな創作活動。この二つの輪郭が交錯したところに、彼の真実の姿がある。
周囲の証言によれば、彼は撮影現場の合間にもキャンバスに向かい、スケッチブックを手放さなかったという。狂気に満ちた悪役を演じた直後であっても、キャンバスに向かう眼差しは驚くほど穏やかで澄んでいた。役に入り込むことで削られた魂を、自らの手で絵を描くことによって再生させていたのかもしれない。異能の天才が歩んだ波乱の生涯には、自己の精神を純粋に保ち続けるための凄絶な秘密が隠されていたのだ。