高知城を語るうえで、山内一豊とその妻・千代(見性院)の存在を外すことはできない。織田信長、豊臣秀吉、徳川家康という三英傑の時代を生き抜き、掛川から土佐24万石の大名へと大出世を遂げた一豊。その背景には、妻の千代が持参金で名馬を買い与え、夫の武名を天下に知らしめたという名高い逸話がある。
城内に佇む一豊の騎馬像と、千代が名馬の手綱を引く銅像は、激動の戦国乱世を支え合った夫婦の絆を象徴する。しかし、当時の土佐入国は平坦な道ではなかった。旧長宗我部氏の遺臣たちによる抵抗が続くなか、一豊は威嚇と統治の拠点として、この大高坂山に強固な城を築く必要があったのだ。優美な姿の中に潜む頑強な石垣群は、新領主としての威信と権力闘争の過酷さを物語っている。