数ある得意ネタの中でも、古典落語の最高峰として名高いのが『明烏』(落語演目)である。吉原の遊郭を舞台に、堅物の若旦那・時次郎が遊び人の源兵衛と太兵衛に騙されて連れてこられる滑稽噺だが、八代目の手にかかると、単なる笑い話を超えた人間ドラマの陰影が立ち現れる。
吉原の大門をくぐる際の空気の冷たさ、雪の降る情景、花魁の妖艶な囁き、翌朝の時次郎の劇的な変貌。八代目 桂文楽は、登場人物の心理のあやを緻密な口調の使い分けによって描き分けた。江戸落語の様式美を守り抜きながら、徹底したリアリズムを同居させる手腕は、まさに名人芸の真骨頂といえる。