澤瀉屋の歴史を正しく理解するためには、昭和から平成にかけてメディアを騒がせた家族の歩みを振り返る必要があります。ここで、一門の中心的な血縁関係を整理してみましょう。
香川照之は1965年、三代目市川猿之助(後の二代目猿翁)と宝塚歌劇団雪組トップ娘役だった大女優・浜木綿子の間に長男として誕生しました。しかし、香川がわずか1歳の頃、父・猿之助は既婚者であった日本舞踊家の藤間紫のもとへ走り、家庭は崩壊。1968年に正式離婚が成立した後は、母である浜木綿子の手ひとつで育てられました。
一方、猿翁の実弟である四代目市川段四郎は、元女優の喜熨斗延子(きのしのりこ)と結婚し、1975年に長男の喜熨斗孝彦(後の四代目市川猿之助)をもうけました。従兄弟である二人は約10歳の年齢差があり、香川が歌舞伎界と完全に隔絶された環境で育ったのに対し、猿之助は幼少期から澤瀉屋の御曹司として英才教育を受けて成長したという決定的な違いがあります。