ネット上の一部では、「バラエティ担当だったから水着グラビアを強いられていたのではないか」「露出カットに消極的だったのでは」という推測が語られることがありました。しかし、当時の手記や公式インタビューの言動を詳細に追うと、事実は全く逆であることが分かります。
2nd写真集『独白』の制作にあたり、高山はロケ地の選定からコンセプトに至るまで積極的に意見を出し、自らの意思でランジェリーや水着のカットに臨んでいました。自著小説『トラペジウム』の執筆活動と並行して行われた撮影において、彼女は「アイドルとして、そして一人の表現者として、20代半ばのありのままの姿を残したい」という強いプロ意識を抱いていたのです。
露出のための露出を嫌い、北欧の美しい自然光と生活空間に溶け込む演出を選んだことで、性的な消費にとどまらない、自立した女性の「健康美」として昇華させることに成功しました。この自己決定権を持ったアプローチこそが、後々の高い評価につながっています。