過激で攻撃的なパブリックイメージとは対照的に、私生活における大島渚は深い愛情に満ちた家庭人でした。1960年、松竹の看板女優であった小山明子(こやま・あきこ)と結婚。映画界きっての美男美女カップルとして注目を集め、大島が松竹を離れて独立した際も、小山は女優として、そして個人事務所を支えるパートナーとして夫の挑戦を支え続けました。
1996年、大島はロンドン滞在中に脳出血で倒れます。一時は右半身麻痺や言語障害が残る深刻な状態に陥りましたが、小山明子による懸命なリハビリ支援を受け、1999年には奇跡的な執念で映画『御法度』を完成させました。その後、大島が重度のうつ状態や再度の脳梗塞に見舞われた際も、小山は長年にわたる介護生活を続け、その記録を記した書籍は多くの介護家族に勇気を与えました。
大島渚の表現に対する血脈は、次男である大島新(おおしま・あらた)へと受け継がれています。大島新はフジテレビ勤務を経て独立し、映画『なぜ君は総理大臣になれないのか』や『香川1区』など、日本の政治と社会の深部を突く骨太なドキュメンタリー映画監督として確固たる地位を築きました。権力に阿らずカメラを通じて対象の本質を暴き出すその姿勢には、父・大島渚から受け継いだ反骨のDNAが脈々と息づいています。
2013年1月15日、大島渚は肺炎のため神奈川県藤沢市の病院で80歳の生涯を閉じました。葬儀では妻の小山明子が「映画一筋に生き、最後まで表現者であり続けた素晴らしい夫でした」と涙ながらに語り、映画界のみならず世界中から追悼の声が寄せられました。