事件の原点は、2006年4月に畠山鈴香の長女が米代川で遺体となって発見されたことに遡る。当初、秋田県警察は「事故死」との見方を強め、事件性を見落とした。この初期捜査の致命的な遅れが、直後に起きた近隣の男児殺害という第二の惨劇を招いたとの批判を浴びることになる。
自らの娘を死に至らしめ、さらに無垢な幼子の命を奪った受刑者の心理状態や犯行の動機は、法廷でも混迷を極めた。精神鑑定や証言の変遷を経て、最高裁判所で無期懲役の判決が確定した。だが、なぜ実の親が実子を死に追いやり、他人の子供まで手にかけるに至ったのか。その深層心理の深淵は、判決文だけでは拭い去れない謎として今も残されている。