東国原英夫氏の芸能生活において、世間を騒がせた代表的なトラブルは大きく分けて3つの時期に分類されます。若手時代からたけし軍団の事実上のリーダー格として活躍していた一方、その行動が社会的な批判を浴びる場面も少なくありませんでした。
最も広く知られているのが1986年に発生した「フライデー襲撃事件」です。ビートたけし氏に率いられて出版社に乱入したこの事件で、氏は現行犯逮捕され、前科一犯となる有罪判決を受けました。
その後、タレントとして再ブレイクを果たしたものの、1990年代終盤に再び暗雲が垂れ込めます。1998年の「未成年者淫行疑惑」および1999年の「後輩芸人への暴行事件」によって相次いで書類送検され、タレント生命の危機に瀕するほどの猛烈なバッシングを受けました。これら一連の不祥事は、現在の知的な論客像からは想像もつかない激動の過去として語り継がれています。