童磨の恐ろしさの根源は、暴力性そのものよりも「感情の完全な欠如」にあります。彼がなぜ他者の苦しみを理解できず、自らの死に際しても動揺すらしなかったのか。その理由は、公式ファンブックや本編で明かされた童磨の過去に明確に刻まれています。
江戸末期、童磨は白橡(しろつるばみ)色の髪と、極彩色の虹彩を持つ極めて稀有な容姿を持って生まれました。その特異な外見から、愚かな両親によって神の声が聞こえる「神童」として祭り上げられ、新興宗教「万世極楽教」の教祖に仕立て上げられたのです。まだ幼い童磨のもとへ日夜押し寄せる信者たちは、現世の苦しみを泣き喚きながら訴え、救いを求めてすがりました。しかし、当時から極めて理知的だった童磨が感じていたのは、神への畏怖でも慈悲でもなく、「これほど愚かで救いようのない人間たちが可哀想だ」という、冷めきった軽蔑混じりの憐憫だけでした。
決定打となったのは家庭崩壊の瞬間です。父親が教団の女性信者に手を出したことに逆上した母親が、狂乱の末に父親を刺殺。返り血を浴びたまま服毒自殺を遂げるという凄惨な修羅場を目の当たりにしながら、童磨の脳裏をよぎったのは哀しみでも恐怖でもありませんでした。「部屋を換気しなければ血の匂いが充満して汚い」という、生理的な不快感と事後処理の合理性のみだったのです。
臨床心理学において、幼少期に親から情緒的な交流を与えられず、道具や偶像として扱われた子どもは、健全な自己と他者を分かつ「心理的バウンダリー(境界線)」を形成できず、深刻な失感情症(アレキシサイミア)や共感性の欠如に至ることが知られています。童磨の場合、先天的な脳機能の特性に加え、親による過度な偶像化がその虚無を決定的なものにしました。鬼舞辻無惨と出会い、20歳で鬼となった際も、「人間を食べて苦しみから解放し、自らの肉体の一部として永遠に生かすことこそが真の救済である」という、独自の倒錯したカルト的救済論へと直結していったのです。