同じルーツを持つとはいえ、野生と飼育環境という過酷さの差は、外見と骨格に劇的な変化をもたらしました。最も分かりやすい違いは「体型」「頭部の比率」「毛並み」そして「牙」に現れています。
野生の猪は、森林や藪を時速45km以上で疾走し、硬い土を鼻先で掘り返すため、前足と肩周りの筋肉が異常なまでに発達した「前重」の楔(くさび)型をしています。全身は太く硬い剛毛と密集した下毛で覆われ、泥浴びによって鎧のような皮膚を形成します。一方の豚は、肉の歩留まりを高めるために肋骨の数が増やされ、背中から後肢にかけて肉厚な長方形の体型へと改良されました。体毛も薄く柔らかい粗毛に変化しています。
さらに注目すべきは牙と頭骨の構造です。猪の下顎の犬歯は一生伸び続け、上顎の犬歯と擦れ合うことで鋭利な刃物のように研ぎ澄まされます。成獣の雄では牙が外側に大きく湾曲して露出し、敵を突き上げる強烈な武器となります。現場の猟師や飼育関係者の間では、この下から突き上げる攻撃を「しゃくり」と呼び、人間の大腿動脈を容易に切り裂く危険な行動として恐れられています。豚にも牙自体は存在しますが、長年の選別交配によって成長が大幅に抑制され、多くは唇の奥に隠れて目立ちません。
遺伝学的なアプローチでは、染色体数の違いが長年研究者の注目を集めてきました。東アジアの野生猪の染色体数は通常「2n=38」本ですが、欧州系の改良豚や一部の猪では、染色体の融合(ロバートソン型転座)により「2n=36」本を示す個体が広く存在します。しかし、染色体数に差異があっても減数分裂時に相同部分が結合できるため、両者は極めて容易に交雑します。こうして誕生するのが「イノブタ」であり、ラバ(馬とロバの交雑種)などとは異なり、世代交代を重ねる繁殖能力(稔性)を完全に保持している点が生物学上の大きな特徴です。