アブ(Tabanidae)による被害がこれほど強烈な痛みを伴うのには、明確な生物学的理由が存在する。蚊のように細い針を皮膚の毛細血管へ静かに挿入する「刺咬」ではない。アブは発達した大顎(おおあご)と小顎を使い、ノコギリのように皮膚を物理的に切り裂き、溢れ出た血液をすする「咀嚼(そしゃく)吸血」を行うからだ。
特に体長20ミリを超える大型のウシアブなどは皮膚への組織破壊が深く、噛まれた瞬間に電気が走ったような鋭利な激痛を生じさせる。それだけではない。吸血の際、アブは血液の凝固を防ぐための抗凝固成分や酵素を含む唾液を組織内に注入する。この生体異物が体内のマスト細胞を刺激し、ヒスタミンをはじめとする炎症性物質を大量に放出させることで、後から襲い来る激しい腫脹や耐え難い掻痒感を引き起こす。