中華 料理 耕治の暖簾をくぐると、澄み切った鶏ガラと熟成醤油の芳醇な香りがふわりと鼻腔をくすぐる。北九州・小倉の街で創業から半世紀以上にわたり美食家たちの舌を唸らせてきたこの空間は、単なる老舗の枠に収まらない。昭和の文豪がこよなく愛した澄んだスープと手包み点心の味わいは、時代が移り変わろうとも色褪せない圧倒的な輝きを放っている。
厨房の奥で職人が小気味よく中華鍋を鳴らす音は、訪れる人々にどこか懐かしくも格式高い安心感を与える。地元客はもちろん遠方から足を運ぶ熱心なファンにとって、中華 料理 耕治の円卓を囲むひとときは、喧騒を離れて純粋な職人技と向き合う特別な時間そのものだ。
文豪・松本清張が惚れ込んだ「極上醤油ラーメン」と「名物シューマイ」の秘密
昭和を代表する社会派推理小説の巨匠・松本清張。かつて朝日新聞西部本社に勤務し、小倉の街で思索を深めていた清張が足繁く通い詰めたのが、この店の前身から続く珠玉の味だった。彼が愛してやまなかったのが、看板料理の醤油ラーメンと名物シューマイである。
ラーメンの器が運ばれてきた瞬間、誰もがその透明度に息を呑む。九州といえば白濁した濃厚な豚骨スープが主流だが、ここの一杯は徹底して雑味を削ぎ落とした琥珀色の清湯(チンタン)だ。丸鶏、豚骨、香味野菜を寸胴でじっくりと煮出し、濁らせることなく旨味だけを抽出する。合わせる細ストレート麺はしなやかで、スープをたっぷりと抱き込んで喉を滑り落ちていく。一口すするごとに、計算し尽くされた滋味が身体の隅々へ染み渡る。
一方、サイドメニューの領域を遥かに超えて主役級の存在感を放つのが大ぶりのシューマイだ。薄皮の中にぎっしりと詰まっているのは、粗挽きの上質な豚肉と玉ねぎの甘み。一口噛めば、力強い肉汁が口いっぱいに弾け飛ぶ。つなぎを極力抑え、肉本来の弾力と旨味をダイレクトに伝える職人技は、門外不出の黄金比率によって支えられている。清張が原稿用紙に向かう合間、この肉感豊かなシューマイを頬張りながら構想を練っていた情景が目に浮かぶようだ。
銀座名店の系譜を受け継ぐ広東料理の神髄と創業者・平野耕治の哲学
なぜ九州・小倉の地で、これほどまでに洗練された東京風の淡麗醤油ラーメンや本格点心が根付いたのか。その源流は、創業者である平野耕治の修業時代にまで遡る。
平野は若き日、東京・銀座で名を馳せた伝説の中華料理店「アサノ」で腕を磨いた。油を多用する力強い中華とは一線を画し、素材本来の持ち味を最大限に引き出す伝統的な広東料理の神髄を徹底的に身体に叩き込んだのである。戦後の小倉に戻った平野は、妥協のない本物の味を届けるべく自身の名を冠した店を立ち上げた。
「油っぽくなく、毎日でも食べられる上品な料理を作ること」。創業者が掲げたこのシンプルな哲学は、現代の厨房にも寸分狂わず息づいている。調味料で誤魔化さず、下ごしらえに何時間も費やす姿勢こそが、半世紀を超えて愛される揺るぎない土台となっている。