潮風が吹き付ける青森県深浦町。厳しい北国の自然に囲まれて育った少年、安美錦竜児は、兄の背中を追うようにして角界の門を叩いた。入門当初からその天性の相撲勘は群を抜いていたが、平坦な道ばかりではなかった。
前十字靭帯の断裂という力士生命を脅かす重傷。走ることすらままならない激痛の中で、彼は土俵を諦めなかった。痛む脚を庇うのではなく、限られた可動域でいかに相手を制するか。試行錯誤の末に磨き上げられたのが、相手の力を逆手に取る変幻自在の取り口だ。「動けないなら、相手より先に頭を動かせばいい」。当時の心境を、親方は後にそう述懐している。土俵際での魔術師のような逆転劇は、過酷なリハビリと冷徹な自己分析の産物だった。