SNSのタイムラインは、近年アルゴリズムによる最適化が進みすぎた結果、どこか行儀の良さを求められる場所になりつつある。一方で、かつての掲示板文化の血を引くまとめ空間には、剥き出しの喜怒哀楽と雑多な熱狂が残されている。
「ガッ」という叩きには、愛のあるツッコミであり、失望の共有であり、あるいは単なる興奮の爆発という多様なニュアンスが含まれている。戦術的な正解を突き詰める議論の最中に、唐突に挟み込まれるスラング。この緊張と緩和のバランスこそが、殺伐としがちなスポーツの議論をどこかコミカルで愛おしいものに変えている。ファンは正しい情報だけを求めているのではない。自分と同じように一喜一憂し、時には感情を爆発させる「誰か」の存在を感じたいのだ。