G7会見の引責辞任から半年後、2009年8月に行われた第45回衆議院議員総選挙で、中川氏は逆風の中でまさかの落選を喫します。捲土重来を期して政治活動を再開しようとしていた矢先の2009年10月4日朝、東京都世田谷区の自宅寝室で、うつ伏せの状態で冷たくなっている中川氏を妻の郁子氏が発見しました。享年56という若さでした。
警視庁による検視および行政解剖の結果、体内からは微量のアルコールと通常服用量の睡眠導入剤成分が検出されたものの、事件性を疑わせる外傷や致死量の毒物は検出されませんでした。発表された直接の死因は「急性循環器不全(急性心不全)」です。
バッシングによる精神的打撃、落選のショック、そして不眠に悩まされ続けた過酷なストレスが心臓に致命的な負担をかけていたことは想像に難くありません。突然の急死があまりにも早すぎたため、死因を巡る様々な憶測を呼ぶこととなりましたが、医学的な事実としては過度な心身の疲弊が招いた内因死であったと記録されています。