日本演劇界のトップランナーとして精力的に活動を続けていた勘三郎氏を、突如として病魔が襲いました。発端となったのは2012年6月の初期食道がん公表です。定期健診で早期発見されたことから、当初は手術を経て年内の舞台復帰を目指し、本人もファンも再起を信じて疑いませんでした。
同年7月に約12時間に及ぶ大手術を受け、がんの摘出自体は成功裏に終了しました。しかし、術後の経過観察中に肺に疾患を生じます。過酷な治療と並行して懸命なリハビリが続けられましたが、免疫力の低下も重なり急性呼吸窮迫症候群(ARDS)を発症。人工呼吸器や体外式膜型人工肺(ECMO)を用いた集中治療が数か月にわたり続けられました。
懸命の医療処置も及ばず、2012年12月5日午前2時33分、57歳で永眠。公表された直接の死因は急性呼吸窮迫症候群でした。がんとの闘いに打ち勝った直後の予期せぬ容体急変による旅立ちは、梨園のみならず日本全国に大きな喪失感と深い悲しみをもたらしました。