関西圏で「東大阪の事件」と語られる際、最も多くの人が想起するのが2006年4月に発生した集団暴行殺人事件です。事件の引き金となったのは、大阪市中央区心斎橋の路上で起きた些細な肩の接触や視線の交錯でした。当時21歳の大学生ら被害者グループ2名と、主犯の男(当時21歳)率いる建設作業員らの不良グループが偶発的に接触したことから、取り返しのつかない惨劇の歯車が回り始めます。
加害者グループは被害者2名を車で拉致し、大阪ミナミから東大阪市内の作業場やガレージ、さらに大阪府下の複数の拠点へと連れ回しながら、角材や金属パイプなどを用いた苛烈なリンチを加え続けました。凄惨を極めた事件の現場場所は、東大阪市内の密室からやがて深夜の高速道路を経て、遠く離れた岡山県玉野市の山林へと移っていったのです。
この事件が社会を震撼させた最大の要因は、被害者2名が意識を失うほどの重傷を負っていたにもかかわらず、犯行の発覚を恐れた犯人グループによって、岡山県の山中に掘られた穴へ生きたまま埋められて窒息死させられたという冷酷非道な手口にありました。東大阪事件の概要を振り返る際、この一切の情けを容赦なく切り捨てた凶行は、戦後日本の少年・青年犯罪史上でも特異な残虐性として記録されています。