二所ノ関親方の先進的な指導体制の根底には、自身の現役時代の怪我と成績の歴史から得た痛切な教訓が刻まれています。中学卒業後に鳴戸部屋へ入門し、第72代横綱へと登り詰めるまでの道のりは、まさに王道の努力の軌跡でした。
しかし、2017年春場所、新横綱として臨んだ運命の土俵で悲劇が起きます。13日目の日馬富士戦で左大胸筋および左上腕二頭筋を断裂する重傷を負いながらも、千秋楽に奇跡の逆転本割・決定戦勝利を飾って日本中を涙と熱狂に包み込みました。しかし、この代償はあまりにも大きく、十分な回復期間を取れずに強行出場を続けた結果、かつての圧倒的な押しと左差しの威力を取り戻すことは叶いませんでした。
2019年初場所での稀勢の里の引退理由は、度重なる休場と横綱としての責任を果たす限界を悟ったことによるものでした。「怪我との向き合い方を誤れば力士生命を奪ってしまう」という身を削って得た痛烈な経験こそが、現在の「弟子に無理をさせない科学的コンディショニング」へと直結しているのです。