古墳時代の中期、5世紀前半に築造されたとされる大仙陵古墳。その全容は、当時の社会基盤を揺るがすほどの巨大な国家プロジェクトであったことが、工学的な復元モデルから裏付けられた。
当時の技術者が直面した最大の問題は、膨大な土砂の運搬と水分の制御である。三重の掘削ラインから掘り出された泥土は、質の異なる粘土や砂利と厳密な比率で混合され、層ごとに突き固める「版築(はんちく)」の手法が用いられていた。延べ数百万人もの労働力が投入されたと推定されるが、単なる強権的な強制労働ではなく、緻密にスケジュール管理された高度な現場組織が存在した公算が大きい。前方後円墳という独特な幾何学デザインを狂いなく地上に描いた測量技術の高さにも、改めて熱い視線が注がれている。