互いを尊重し合い、穏やかな家庭を築いていた新沼家に異変が起きたのは2011年のことでした。湯木博恵さんの体に異変が見つかり、医師から下された診断は進行性の甲状腺がんでした。
病が発覚した当時、湯木さんはすでに重篤な状態にあり、医師からは厳しい余命宣告が告げられていたとされます。しかし、新沼謙治さんは決して諦めることなく、過密な仕事スケジュールの合間を縫って病院へ通い詰め、献身的な看病を続けました。家族全員で病魔と闘う日々が続きましたが、病状の進行はあまりにも早く、発覚からわずか約半年後の2011年9月7日、湯木博恵さんは都内の病院で息を引き取りました。享年62という早すぎる別れでした。
妻の急逝を受け、記者会見に臨んだ新沼さんは、憔悴しきった表情を浮かべながらも「世界一の妻でした。彼女と出会えて本当に幸せだった」と涙ながらに語り、最期まで気丈に振る舞った愛妻の生き様を称えました。同じ2011年3月には東日本大震災で新沼さんの故郷である岩手県大船渡市が甚大な被害を受けており、愛する故郷と最愛の妻を同時に襲った悲劇は、新沼さんの心に計り知れない傷を残しました。