「ひいては」と「しいては」のどちらを使うべきか迷った際、最初に知っておくべき根本的な結論があります。それは、「しいては」という単語は辞書に存在しない「誤用」であるという冷厳な事実です。
言葉の混同を解消するために、まずは基盤となるひいてはの意味から整理していきましょう。広辞苑などの主要な国語辞典において、「ひいては」は「ある事柄から進んで、さらにその結果として。それだけでなく、進んで」と定義されています。単に事柄を並べるだけでなく、小さなきっかけや身近な事象が、段階を踏んでより広範囲な領域や大きな目標へと波及・発展していくプロセスを指す副詞です。
そのひいてはの語源と由来を辿ると、動詞の「引く(延く)」に接続助詞の「て」、係助詞の「は」が連なった形に由来します。弓の弦をぐっと長く引き絞るイメージや、一本の線が向こうへ長く伸びていくように、「影響が先々まで及んでいく」という空間的・時間的な延長のニュアンスが言語の根底に宿っています。
ではなぜ、存在しないはずの強いてはの誤用がこれほどまでにネット上やビジネスメールで蔓延してしまったのでしょうか。最大の要因は、「強いて言えば」「強いて言うなら」という慣用句の存在と、発音の類似性にあります。
「強いて(しいて)」という言葉は、動詞「強いる(無理をさせる、強制する)」の連用形から派生した副詞です。困難を承知で無理に行う様子を表し、「強いて選ぶならこれだ」といった文脈で使われます。つまり、「無理をしてでも」「困難を排して」という意味合いを持つ「強いて」と、影響の波及を表す「ひいては」の音が脳内で無意識に混ざり合い、「しいては」というキメラのような誤用表現が生み出されてしまったわけです。