そもそも、初期のコンテ段階においてカオナシは重要なキャラクターとして計画されていたわけではない。宮崎駿監督が制作の過程で「橋の上に立っているだけの男」にふと目を留め、物語を大きく動かすキーマンへと引き上げたというエピソードは有名だ。
宮崎監督がそこに込めた真の意図とは何か。それは「誰もがカオナシになり得る」という冷徹なメッセージだ。純粋な子どもでもなければ、最初から悪意に満ちた悪魔でもない。居場所がなく、誰とも繋がれず、ただ他人の機嫌を伺いながら佇む姿。宮崎駿はこのキャラクターを通じて、成熟した社会の中で居場所を失い、自己を確立できずに彷徨う現代人の孤独を、アニメーションというキャンバスの上に浮き彫りにしてみせた。