映画界やドラマ界で若くして主要な賞を受賞し、CMにも引っ張りだことなると、どうしても「親の七光りではないか」という穿った見方をされがちです。しかし、北村匠海の生い立ちを検証すれば、彼が典型的な二世タレントとは対極にある「完全叩き上げの表現者」であることが分かります。
小学3年生(9歳)のときに東京・代官山でスカウトされた際も、両親は芸能界で一攫千金を狙わせようとしたわけではありません。母親は「引っ込み思案な性格が少しでも社交的になり、社会勉強として礼儀作法が身につけばいい」という極めて現実的かつ健全な理由でレッスンに通わせました。
子役時代からオーディションに落ち続ける苦渋を味わいながらも、両親は過度なプレッシャーをかけることなく、「嫌ならいつでもやめていい」と逃げ道を常に確保していました。この親のスタンスこそが、芸能界特有のプレッシャーで自己を見失うことなく、北村匠海が独自のペースで演技力を磨き上げられた最大の要因です。