マートンの理論は机上の空論にとどまらなかった。1960年代後半、心理学者ロバート・ローゼンタールは教育現場を舞台にした画期的な実験に踏み切る。サンフランシスコの小学校で全校生徒に知能テストを実施し、教師たちに「今後数ヶ月で急激に成績が伸びる特別な子どもたち」のリストを手渡したのだ。
種明かしをすれば、そのリストに並んだ名前は完全に無作為で選ばれたものだった。何ら特別な才能を持たない、ごく普通の児童たちである。ところが数ヶ月後、彼らの知能指数は実際に跳ね上がった。
何が起きたのか。教師たちの無意識の期待が、声のトーンや質問の頻度、眼差しを変えた。子どもたちはその期待を肌で感じ取り、学びへの姿勢を一変させたのだ。ローゼンタールが示したこの「ピグマリオン効果」は、後にアメリカ心理学会(APA)でも広く議論され、他者の予測がいかに個人の能力形成に深く介入するかを決定づける歴史的知見となった。