像の傍らに寄り添う愛犬「ツン」の存在は、この彫刻を親しみやすいものにしている最大の要素だ。しかし、この姿には後世の私たちが想像する以上の劇的なドラマがあった。1898年(明治31年)に執り行われた除幕式において、西郷の妻である糸子は像を見るなり「うちの主人はこんなお方ではございません」と驚愕の声を上げたという有名なエピソードが残っている。
なぜ妻すら困惑する姿で造られたのか。その背景には、西南戦争で逆賊の汚名を着せられたのちに名誉回復を果たした西郷に対する、当時の政治的配慮があった。軍服を着た威厳ある将軍像として描くことは政治的摩擦を生むリスクがあったため、趣味のウサギ狩りに出かける私服姿が選ばれたとされる。また、西郷本人は写真嫌いで生涯確固たる肖像写真を残さなかったため、画家のキヨッソーネが親族の面影を合成して描いたポートレートを元に制作せざるを得なかったという技術的限界も重なっていた。
傍らの愛犬ツンも、実は別の彫刻家である後藤貞行が薩摩犬を徹底的に観察して模作したものだ。英雄としての威圧感を抑え、庶民に愛される「人情の人」としてのイメージを構築するために、犬を連れた着物姿というモチーフが決定的な役割を果たしたのである。