カール販売終了はなぜ?東日本撤退の真相と西日本限定の今を追う

カール販売終了はなぜ?東日本撤退の真相と西日本限定の今を追う

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日本における菓子・食品製造業の歴史において、1968年に誕生したカールはまさに金字塔だった。米食文化が根強かった昭和の日本に、株式会社明治が持ち込んだ画期的なスナックは、瞬く間に老若男女を虜にした。ピーク時には年間数百億円規模の売上を誇り、家庭のおやつの代名詞として君臨していたのだ。

風向きが変わり始めたのは1990年代後半から2000年代にかけてのこと。スナック菓子市場の多様化に伴い、競合他社がポテトチップスの新フレーバーや成型ポテト、激辛系スナックを次々と投入。消費者の選択肢は爆発的に広がった。さらに、大人向けの高付加価値チョコレートや健康志向スナックが台頭し、相対的にコーンスナック市場全体のパイが縮小していった。

株式会社明治の発表によれば、最盛期に比べ売上高はおよそ3分の1にまで落ち込んでいたという。スナック菓子は体積が大きく、袋の中に窒素ガスを充填するため、輸送効率が極めて悪い。全国5箇所に分散していた製造ラインを維持し、長距離トラックで東日本各地へ配送し続けるコスト構造は、物流費が高騰する現代のサプライチェーンにおいて限界を迎えていた。ブランドを完全に葬り去るか、それとも拠点を絞って守り抜くか。経営陣が下した決断が、2017年の「東日本エリアにおける販売中止」だった。

橋本 菜々子
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橋本 菜々子

グルメと旅を愛するフリーライター。全国各地の隠れた魅力を独自の視点から紹介します。