1995年、将棋界に激震が走った。突如として行方をくらませた彼女の電撃失踪劇は、日本将棋連盟のみならず日本社会全体を巻き込む大騒動へと発展する。ロンドンからの帰国会見で見せた涙と戸惑いの表情は、今なお当時のファンの記憶に焼き付いて離れない。
師匠であった米長邦雄永世棋聖との複雑な師弟関係、そして組織の規律と一人の天才棋士の自由奔放な精神との決定的な亀裂。出版業界が仕掛けた過剰なメディアスクラムの標的となるなかで、彼女は棋界からの孤立を深めていった。結果として訪れた連盟への退会届提出と除名同然の引退劇は、伝統的な将棋界の枠組みには収まりきらなかった天才の悲劇的な宿命を物語っていた。