有権者は決して愚かだから熱狂するのではありません。人間が進化の過程で身につけてきた認知の癖や防衛本能が、劇場型の演出によって巧みに刺激されている点に本質があります。大衆心理を誘導する理由には、心理学および認知科学に裏打ちされた強固な仕掛けが機能しています。
最大の要因は、人間の脳が持つ「認知的負荷の軽減要求」です。現代の年金制度、エネルギー政策、安全保障、税制改革などは極めて専門的で複雑であり、一般の市民がすべての政策を比較検討するには膨大な時間と精神的エネルギーを要します。そうした疲弊した脳に対し、「この悪者を倒せばすべてが解決する」という単純明快な物語は、快感物質であるドーパミンを放出させ、圧倒的な認知的解放感を与えます。
さらに見逃せないのが、「社会的アイデンティティとルサンチマン(怨恨感情)の昇華」です。長引く実質賃金の停滞や格差の固定化に不満を抱える層にとって、歯に衣着せぬ物言いで権威やエリート層を切り捨てる候補者の姿は、自らの鬱屈した感情を代弁してくれる「救世主」に映ります。「強いリーダーを応援する自分」という仲間意識が芽生え、内集団への帰属欲求と外集団(敵と設定された側)への攻撃性が正当化されるのです。
結果として、選挙は冷静な統治能力の審査から、熱烈な感情の共鳴空間へと変質します。応援する候補者が勝利すれば自らも勝利したかのような高揚感を得られるため、政策の現実性よりも「ドラマの結末を見届けたい」という心理的動機が投票行動を決定づけていきます。