現在の巨漢ドラァグクイーンというアイデンティティは、決して生まれつきのものではありません。マツコ・デラックスの若い頃や昔の写真、そして本名と経歴を紐解くと、そこには葛藤と自己表現の試行錯誤が刻まれています。
千葉県出身の本名・松井貴博(まつい・たかひろ)青年は、千葉県立四街道北高校時代、同級生に木村拓哉がいたことでも有名です。当時の卒業アルバムや高校時代の写真は時折メディアでも紹介されますが、頬が引き締まり、鼻筋が通った紛れもない「スレンダーな青年」でした。当時を知る関係者からも「運動神経が良さそうな、ごく普通の爽やかな男子高校生だった」と語られています。
高校卒業後は美容専門学校へ進学し、美容師見習いとして勤務。しかし「この世界は何か違う」と感じてドロップアウトしたマツコは、20代半ばで大きな転機を迎えます。それが伝説的なゲイ雑誌『Badi(バディ)』の編集者時代です。
当時の編集者時代の写真には、短髪に濃い口髭を蓄え、ボーダーのTシャツやレザージャケットを羽織った男らしい姿が残されています。現在の体重には遠く及ばない体格であり、カルチャー誌の気鋭エディターらしい知性とアングラ感が同居していました。しかし、過酷な激務と人間関係のプレッシャーから編集部を退職。その後、約2年間にわたる実家での引きこもり生活を余儀なくされます。
その暗闇から引きずり出し、文章の才能を見出したのが作家の中村うさぎでした。中村氏との対談集への登場を機に、自身の「生きづらさ」「異形さ」を武器に変えるため、過剰な肉体とドレスという武装を身にまとい、テレビという表舞台へと打って出ることになります。